あさ、お念仏の最中に気づきました。お念仏は、宇宙によい気を浸透させる行いなんだなあ、と。「万物の霊長」たる人間の仕事です。
宇宙は、音(おん)で判断するといわれます。だから「観音さま」(音を観る)というわけです。そして、音として宇宙にひびく「言霊(ことだま)」というものがあります。言葉にやどる霊力のことです。日本人は「言霊」の民族といわれます。世界のなかでも「言葉の霊力」に敏感な民族なのです。
そして宇宙は、「聖音」(しょうおん)をこのむといいます。宇宙にひびいているといわれる「アン」「オン」の音です。いまいった「観音(an,on)」のほか、「安心(an,in)」だってそれに当たるとみれるかもしれません。だれかが認証しているとも聞いていませんが、ふだんから気を付けていると、良い意味あいの言葉にはこの2つの音が入りこんでいるものが少なくないのに気づきます。
そうした音も、お念仏には含まれています。そもそも「ナムアミダブツ」自体が、am,am,amと聖音のかたまりです。こういった音は、宇宙によい響きとなって伝わり、それを発した人間に、よい報いとなって返ってきます。
昔の日本人は、「アン」「オン」以外にも、良い言葉の語呂合わせを好みました。いまでも、例えば料理にもそれがうかがえます。正月料理の「めでたい(鯛)」とか「よろこぶ(昆布)」とか。
これは、「潜在意識は否定語(~しない)を認識できない」という心理学の成果に一致します。そのよくないイメージの言葉が音として宇宙にでてしまった瞬間に、それは単にそのまま宇宙に響いてしまうから。だから必ず、よい意味あいの言葉をだしておいて、否定語「~しない」をつけるのが理想的な言葉の選び方です。
例をあげるためにあえて書きますが、「汚い」でなく「きれいでない」、「まずい」でなく「よくない」「おいしくない」とい言いまわしですね。慣れてくると、否定的な言葉をしゃべろうとすると、よくない心もちになっているのがわかり、よい響きの言葉を出してから否定するように自然となります。
良くない意味あいの言葉は、宇宙によくない響きをつたえ、宇宙は単にそれにこたえます。つまり、しゃべった当人によくない報いが返っきて、円滑な実り多い人生はおくりにくくなる。よいイメージの言葉のみが、ずっと宇宙を輝かせるのです。宇宙が否定語を認識しないのは、宇宙が音、つまり振動でうけとり、それに応えるからですね。
人間が言葉を発することができるのは、「万物の霊長」(意味深い言葉ですね)として、宇宙によい響きをあたえる責任を負わされているからかもしれません。大正時代のある女性ヒーラーが、「私は言葉に命をかけています」とまで言っています。言葉の力と人間の責任を自覚していた人だったのでしょう。
そして、その責任を果たす方法のひとつが、お念仏です。
鎌倉時代には、日本人の2人に1人が実践していたといわれるお念仏。日本最大の危機のひとつだった元寇を、この時代に押し返した本当の原因は、お念仏だったと、私は思っています。
神さま、仏さま、今日の気づきを、ありがとうございます。
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