ソバ活する前は、いつも何かに急かされていた 

 ソバ活に入って、1年ちょっとたちました(21年3月21日記)。ソバ活とはソバキュリアス、つまり「アルコールを飲まない方を積極的に選ぶ生き方」。この間の変化を、いくつか書いておきます。

 まず、音楽をゆったり聴いて、「いいなあー」と深く感じることが多くなりました。手元にあるのにこれまでなんだか聴く気になれなかったCDも、じっくり聴きいって、むしろ好きになっているのに気づいたり。家であらためて聴いてみたら全然いいと思わなくなってずっと棚に置きっぱなしだったCDも、知らぬ間に聴いていて、「きれいな音楽だなあ」と心にしみているのを発見したり(私はステレオのハードディスクにCDを落として、何枚分も連続再生します)。

 アルコールを飲んでいた毎日では、気と心の状態が基本的に、なにかに急かされていたように感じます。ソバ活の日を重ねるごとに、そう気づきます(この変化が血圧の安定に役立てばいいですね)。

 ちょっと奇抜な例をあげるようですが、車やバイクと自転車との違いみたいに自分では感じます。車かバイクで通勤したり、遊びにいっていたころには「せかされているような気分」でいたんだな、と自転車で移動が当たり前になったときに、初めて気づきました。そのときの気づきの感じと、このソバ活の気づきは似ています。

 飲まない今は、心の基本的な波長が、以前より落ち着いているので、前に地味に感じていた音楽を、ゆったり味わえるようになったのではないか。以前には、こんなの聴いていられない、と忌諱していたように思います。逆に、以前にいいと思えていた音楽で、いまは「けたたましい」感じがして、聴けなくなったものもあります。

 次に、夜中に目が覚めたまま眠れない、ということが、ソバ活開始からこの1年間で、たぶん一度もなかった。夜中にトイレに行っても、フトンに入りなおすと、ほぼ必ずまたしっかり眠れます。そうだ、この点は、飲酒していたころと決定的に違います。

アルコールはむしろ覚醒作用の方が強い、というのはホントなんだね。

 以前は酔っぱらって夜中に目を覚ますと、意識がパカーッと開いてしまって、眠れないということが結構ありました。それがいまは、ない。飲んで酔ってストレス発散ということができないと、どこかにストレスがたまってくるのかもーーと思っていたけれど、一切ありません。これはホントにまったくゼロ。
 
 要するに、酒は私にとって「必要なモノ」ではなかった。

 むしろ内蔵の負担(毎日大量の水を飲み、排出する。肝臓のアルコール分解も)、「酒がなければ…」という精神的負担のほうが大きかったと思います。

 あとは、テレビをだらだら見なくなりました。大きな変化の数々に、ありがとう。

 神さま、仏さま、今日の気づきを、ありがとうございます。

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