「もったいない」も、「生きものコスモロジー」から

 日本の首都・東京の前身、江戸という町は、よくできたリサイクル都市だったといいます。世界最大人口の巨大都市だったにもかかわらず、モノの世界ではムダのない、ゴミのすくない社会だったようです。
        
 いまの日本をふくむ世界の環境破壊のありさまをみれば、まさに理想的な、現代人が見習うべき都市だったわけですね。そのモノ世界の理想郷を、日本人が実現できた根本的な理由は、「もったいない」精神だと思います。そして、それもやはり日本古来の「生きものコスモロジー」から生まれた、モノとのつきあい方だったのではないでしょうか。

 すべてのモノに「生きもの」としての「カワイイ」や「ぬくもり」を感知する日本独特の宇宙観。それにしたがって生きていた昔の日本人にとっては、例えば、着るものはすり切れたり破れたりしてボロボロになっても、「まだ生かして、なんとか人間の役にたてさせたい」という愛着のまなざしから、雑巾(ぞうきん=いまではこの言葉自体、あまり聞かれなくなりましたね)にして、最後の最後までつかい切りました。

 そうすればその布として生まれたモノが喜ぶという目線だったと思います。そしてそういうモノの使い方を人間がすること自体が、宇宙のよろこぶ仕業だということを、昔の日本人は心の深いところで知っていたのではないでしょうか。

 人間は宇宙150億年の進化の粋です。この宇宙にうまれたモノが、「万物の霊長」たる人間の役に立てれば、宇宙はよろこびます。人間は自らの手足をうごかして、それを実行できます。責任と実現力があります。

 江戸という町では、モノをいつくしむ、つまりは宇宙をいつくしむという、人間に課された基本的な仕事が、うまく実現していたのだと思います。

 神さま、仏さま、今日の気づきを、ありがとうございます。

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