「よろしくお願いします」は、気を溶けあわす真言

「シンネン、アケマシテ、オメデトウ、ゴザイマス」。お正月をむかえた東京のある外資系ホテル。就任して初めての正月をむかえたフランス人総支配人が、広い従業員食堂の各テーブルをまわり、一人一人の従業員にていねいに新年のごあいさつをしています。

日本では年賀というものがとても大事だと、たぶん側近から教わったのでしょう。覚えたてというか、アルファベットで誰かに書いてもらったのをそのまま暗記したみたいな、たどたどしいしゃべり方ですが、外国人にしては気持ちが感じられます。

この光景を見て、私もあいさつされながら、気づいたことがあります。日本人があいさつを重視するのも、お互いに気持ちよくつき合うための方便なんだけど、それはエネルギーの世界の話なんだろうなということです。

人と人との境目をなくして、あるいは薄くして気(エネルギー)の流れをよくするためでしょう。いろんな性格の大勢の人間が、互いに気持ちよくすごせる「場」を創りだし、維持するためのあいさつです。

年賀にかぎらず、ふだんから日本人の習慣にみられるごあいさつはすべて同じことでしょう。なにかを人さまと始めるときに多用する「よろしくお願いします」も同様です。お互いに気くばりして(受信者が責任もって事態の処理にあたって)、この「場」を心地よくするために気をあわせましょうね、という「気合わせ」の共同宣言のようなものです。

それは、そこに居合わせる人間をもふくめて「場」を浄化する、真言(マントラ)のようなものといってもいい。「あいさつ」がそういうものとしてあるのは、日本独自ではないでしょうか。

私と同世代の職場の同僚で、子供時代をイギリスで暮らした日本人男性がいます。「日本人ばなれ」してるなあ、と時々思わせるタイプでしたが、あるとき、「『よろしくお願いします』って言われても、だからどうしろっていうんだ?って、思っちゃうよ」と苦笑いしたのを、印象深く覚えています。

この「場」で一緒に気を合わせて、という精神文化は、「気」という精妙なエネルギーに敏感な日本人独自のものだと思います。これはお祭りのとき、町内会のご近所さん同士が一緒にひとつの重いお神輿(みこし)を担いで、「ワッショイ、ワッショイ(和せよ、和せよ)」と掛け声をかけあって、心をひとつに溶けあわす発想につうじる文化ですね。

日本人が日ごろ、なにげなくしている習慣や所作のなかには、宇宙の喜ぶものがたくさんあると、あらためて気づきます。

そして、こうした日本独自の精神性の基本にあるのは、「ひとつながり」の宇宙観です。

 神さま、仏さま、今日の気づきを、ありがとうございます。

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