「投げる」か「受けとる」か、世界を読みとく切り口    

 ある文化や行動様式を評価するとき、世界中にいろんな基準があるでしょう。しかし、いまの私にとって一番すっきりするのは、「投げる」か「受けとる」かという切り口です。そして実は、「受けとる」が基準になってきた国は日本だけのように見えます。日本以外の国々はすべて、「投げる」文化のようです。もう少し、説明してみましょう。

 日本古来の文化は、「受けとる」側が責任もってことを処理するという基準にたっています。そのため日本人の基本的な精神性には、ほかの国の人たちとくらべて、周囲からの「お知らせ」を敏感に感知する能力が発達しています。日本語でいうところの「目くばり」「気くばり」ですね。

 日本社会では「気くばり」は重要な能力です。それが優れている人は結果的に、周囲の尊敬をあつめることになります。日本人にとっては自然なことなので、わざわざ口に出していうほどのことではないし、意識さえしていない人がほとんどです。

 日本人の手がける工業製品がこわれにくく、高い品質を誇ってきたのもそのおかげです。日本人は森羅万象に生命と心が宿っていると考えます。そのように周囲のモノ、ことと向きあいます。すべてのモノは、つねに「お知らせ」を発しています。それを受けとるのが、古来の日本人の生活でした。日本人は日々の暮らしのなかで、モノをふくむ周囲の自然からの「お知らせ」を受けとり、それを解釈して自分の生き方・暮らし方を育て上げてきました。つまりは自然環境と謙虚な対話をくり返しながら、「日本人」はでき上がってきたのです。

 だから日本人の一流の職人からは、「モノと対話しながら作品をつくる」という仕事観がよく語られます。「名工」といわれる人は、みなそういう境地に達しているようです。彼らは「受けとる」名人なのです。

そして外国人とくらべれば、日本人のほとんどが「受けとる」達人だといって過言ではありません。

 日本人は生まれたときから、「すぐれた受信者」たるよう自然と訓練されます。家庭や学校だけでなく、大人たちのちょっとした会話など、ようするにすべての環境から、「周囲からの信号に敏感なほど円滑に生きていける」ことを学ぶのです。

 そしてこうした日本古来の価値観の有効性は、最新の科学によっても裏付けられます。すべてのモノは素粒子という「つぶ」でできていますが、同時に波の性質を有しています。つまり、すべてのモノは振動であり、つねにある種の「信号」を発している。一方で、宇宙のなかに、客観的に確定したものはひとつもない、それを確定させるのは唯一、人間の主観だといいます。つまり「受けとり方」ですね。これが現代科学の結論だそうです。

 柔らかくいえば、「信号」をきちんと読みとって「私」が発展的に対応すれば、この世は発展的な方へ創っていけるということです。この世は固定的なものではない。「私」という一人称の「受けとり方」によって、自在に変化させることができる。そういうことのようです(私もふくめて人間みな、なかなか実感できませんが)。

ここで大事なのは、人間の生き方として宇宙のなりたちに合っているのは、周囲からの信号を「受けとる」生き方であって、自分の意思を周囲に「投げる」生き方ではない、ということです。

 「投げる生き方」は、極論すれば、「オレの都合のいいように、オマエが変われ」と周囲に叫ぶ生き方です。反対に、「受けとる」人は周囲の状況をよんで、「私」が変わろうとします。気が弱いからそうするのではありません。自分が変わるのが宇宙の摂理にかなっていて、自他ともに円滑にことが運ぶのを、「投げる」人よりわかっているからです。

 いま「弱い」という言葉がでましたが、強い、弱い、でいえば、「受けとる」は、どちらかというと「強い」人の生き方といえるかもしれません。「我(が)」が出にくいからです。成熟した大人なら「自利」よりも「利他」を考えるものだという価値観は、古今東西を問わず人類普遍のはずです。

「受けとる」は、成熟した大人の精神文化といえるかもしれません。

 そう考えてみると、東日本大震災(2011年3月)のとき、多くの日本人があくまでも冷静に、互いにやさしく、同時に強靭な精神力を発揮したのも不思議ではありません。日本人にとっては、あれほどの国難に際しても、礼儀ただしくおだやかに行動するのは、当たり前のことでした。ここには人間としての、本質的な強さがあります。

 それを可能にしたのは、自己主張する声の大きさではなく、筋肉の太さでもありません。周囲からの「お知らせ」を責任もって受けとめて、生産的な行動で応えるのが人間だ、という宇宙観です。それは日本人のおだやかな精神生活に、何千年にもわたってつみ重ねられてきました。

やさしくて一見「弱い」ものが、実は本質的に「強い」ということです。

 その昔、米国のオバマ大統領が野球のイチロー選手を語った言葉を思いだします。「レーザービームみたいな送球ができる秘訣は?」との大統領の質問に、イチロー選手は「やわらかい筋肉」と答えたそうです。「実にZEN(禅)的な話です」と大統領はしめくくったのですが、それは米国の「常識」と違ったからでしょう。「弱肉強食」大国のアメリカでは、「やわらかい」が「やさしい」、もっといえば「軟弱」を想起させ、レーザービームの「強い」印象とは正反対だったからではないでしょうか。

「受けとる」という日本の精神文化は、やさしくて、強いのです。

 大事なことは、日本古来の「受けとる」宇宙観と、それに沿った伝統的な暮らし方、発想には、宇宙的な価値があるということです。

その感性は、宇宙150億年の進化発展の結晶であり、宇宙の「道」そのものだ、といえるかもしれません。

神さま、仏さま、今日の気づきを、ありがとうございます。

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