レイキをやると、自己肯定感をもてる

 まだ対面でのレイキ施術をほとんど経験していないころ、まったくレイキを知らない、聞いたこともないという知人に手を当てました。あとで聞くと、その人はかなり疑っていたそうです。中国の気功なら聞いたこともあるけど、日本発祥の「気功のようなもの」って、ナニ?と。私自身も正直、何も感じないといわれるんじゃないかなあ、そしたらキズつくよな、大丈夫かなあ、などと自信ありませんでした。

 ところが、あお向けになったその人の顔に、私の両手の平をそっと添えた瞬間、「あれっ、熱いねえ」。ついで他の部位に手当てするたびに、「あったかい」「キモチいいねえ」がでてきて、しまいにはぐっすり眠ってしまいました。

 そのまま施術をつづけて終了したときやんわり起こすと、本人は軽くいびきをかいて熟睡したことも自覚しないまま、「疲れがとれた」「体が軽くなった」。そして「ありがとう」と言ってくれました。

 この夜、家に帰ったあと、涙がでました。自分でも人の役に立てた、人に喜んでもらえた、感謝してもらえた。味わったことのない種類の喜びが、体の奥のほうからじんわりと湧いてきて、涙になったのです。精神的な世捨て人みたいだったのが、レイキヒーラーになりました。「熱い涙」という陳腐な言葉の味が、初めて分かった気がしました。
  
 レイキを実践すれば、自分にも能力があると、実感できます。人を安らかにすることができる、痛みで苦しんでいる人を笑顔にできる。そして、他者とのつながり、それも「見えない世界」で人と人とがつながっていることを実感できます。「こんなオレでも」人に喜んでもらえる、という喜びを感じられます。自己肯定感をもてるようになります。多少の時間がかかっても。

 「皿洗いしかできない人間」でも、宝物をつかむことはできます。「自分だけの」宝物に気づけば。「ありがとう」という言葉は、人によっては何でもない言葉なのかもしれません。しかし私には人生が変わる可能性を秘めた言葉でした。

 ふり返れば、「自分でなんとかしなきゃ」と奮起して、ちょっとしたご縁で宇宙の見方(宇宙論)を教わり、自分だけの人生の見方に意識をむけるようになったところで、レイキが現れてくれました。長いこと「死ぬために生きてきた」ような人生で、新しい生き方が手に入りそうな予感がしました。皿洗い以外の人生などないと「信じて」いたなら、現れてくれなかった世界です。

 あらためてレイキとの出会いをふりかえってみて、宇宙に感謝です。

 神さま、仏さま、今日の気づきを、ありがとうございます。

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