健康維持には、スポーツより「冷えとり」

 落語のある有名な師匠が昔、「スポーツなんて、やればやるほど不健康になるんだ」と言い放ちました。スポーツドリンクの大手メーカーが水分補給の大切さをテーマに、東京で開催したシンポジウムでのことです。テニス、大相撲、プロ野球界などから引退したばかりの一流選手が顔をそろえ、何百人の観客を前に自分の経験を語る席でのナマ発言です。へそ曲がりにもほどがあると、会場で憤慨したのを覚えています。
 
 しかし、それから25年ちかくたったいま、私も「健康のためにスポーツをやるというのは、お門違いだ」だと、自分の経験から考えます。あの噺家さんに、どの程度の根拠と信念があったのかは別ですが。

 「スポーツをやるから健康だ」が間違いなのは、スポーツ界の頂点をきわめた名選手が一般人とかわらずに重病をわずらう例を見れば、明らかです。なのに、現代の日本社会は、この単純な事実から目をそらす傾向にあります。往年の超一流選手がガンになったとニュースで見ても、「じゃあ、スポーツやっても健康になるわけじゃないんだ」という認識にはなりません。

 健康を決めるのは「冷え」の有無です。スポーツをやる、やらないではありません。

いや、むしろ「冷え」を意識しないでスポーツに打ちこむあまり、一般人より「冷え」をためやすい人もいるかもしれない。市民ランナーの聖地とかいわれる東京・皇居の周回コースで、走り終えた人たちが真冬のアスファルト道路に直接お尻をつけて休んでいるのを見かけます。これなどはいい例です。「今日も走って、私は健康!」というご本人の思いと裏腹に、「冷え」という「万病のもと」は確実にたまっています。
 
 「健康のためにスポーツを」というのは、欧米の人間観に由来する誤解です。「冷え」という概念もなしに、筋肉を鍛えるのが健康のもと、との考えから発想されているように感られます。また、明治維新からひきずっている白人文化への劣等感の裏返しにも見えます。

「汗をかいて、ストレス解消になる」「闘争心など気力が養われて、生きる励みになる」など、良い面があるのは私自身も経験から理解しています。それはしかし、「根本的な健康」とは別物です。いまあげた市民ランナーの例は、マラソンだけに見られる事例ではありませんね。

スポーツ選手から、「冷えとり」らしき言葉が出てくることもあります。子供のときにマンガ誌でみたある名選手のインタビュー記事が、そうでした。「よい体調を保つために心がけていることは?」と聞かれて、その現役選手が、「水を飲むなら、ぬるま湯を飲むようにしています」と答えた。

世界的に有名な人だから、毎日ビフテキ(牛のステーキ)食ってますとか、なにか勇ましいような、「すごいこと」を答えると思った子供の私には、実に拍子抜けする回答で、よく覚えています。

しかし後になって考えれば、それは「体を冷やさない」「内臓をいたわる」ためだったのでしょう。プロ野球界のトップを走り続けている現役選手には当たり前のことですね。冷たい水では結局、疲れやすくなって体調を維持できないから、それよりも「ぬるま湯」だ、という答えだったのだと思います。

こうした毎日の「体を冷やさない」体調管理のちょっとした工夫は、スポーツ選手でも一流の人ならやってるだろうし、それは他のすべての分野の優れた人はみなそうなのでしょう。どんな世界でも、健康管理なしに成功はありえませんからね。

そういえば、以前の職場に極真空手4段という人がいて、夏に作業場が暑くなるとよく言ってました。「暑いからって、冷たい水をガブ飲みしたら、一気にバテるぞ」。東京・池袋の本部道場に通ってた人で、相当に激しい稽古を猛暑のなかでくりかえした経験から言ってるんだろうなあ、と思いながら、私は焼き台の前でひたすら肉を焼いていました。

冷えは万病のもと。これは古今東西、人間が人間であるかぎり、基本です。

神さま、仏さま、今日の気づきを、ありがとうございます。

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