3.11で、脳ミソ粉砕死をまぬかれた「神の加護」

2011年の「3.11」東日本大震災の日、私は東京のある外資系ホテルのレストランで働いていました。いまでも、あのとき危なかったな、とふり返る思い出があります。

 午後2時46分、揺れがはじまったとき、私は客席につながる通路で作業していて、すぐに洗い場のほうへ移動するところでした。揺れのなかで、洗い場までの通路のボトルネックのようにせまい場所に、断面が20センチ四方、長さ40センチほどのコンクリートの塊が天井から落下しました。

 もしも揺れのはじまりがあと10秒遅ければ、私はネックにいて、両手をカベに押しつけて揺れに耐えていたと思います。そうしていたら、コンクリート塊が頭を直撃して、即死していました。

 その差10秒は、宇宙の(神さまの)計らいではなかったか。神さまは私を殺そうとすれば、10秒はやく私をあのネックのところへ向かわせるあらゆる「方法」(口実、理由)を創りだせます。それをせずに、ほかで私をひきとめる「仕事」を用意してくれていたので、私は無意識のうちにこの10秒をネックの手前で費やし、脳ミソ粉砕死を「自然に」まぬがれた。

 自意識過剰ではありません。宇宙や神さまに感謝して、しすぎることはないはずです。そもそも生まれて来たこと自体、それに対して私は、なんの支払いもしていないのだから、

 オレは生かされていると宇宙に感謝した、これが私の3.11の教訓のひとつです。

 神さま、仏さま、今日の気づきを、ありがとうございます。

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